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【食事・外食】高い食事=最高な体験!と思っていた話

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高い食事こそがすべてだと勘違いしていた時期について

2025年6月7日。
今日は誰かの誕生日だっけ?同級生と連絡を取ることもなくなって、誰かの誕生日かもしれない今日のことをすっかり忘れてしまっているような気がしている。
学生の頃はお祝いラインなんてのがあったけど、20代後半になるとラインが来ることさえなくなっていく。
誰かをお祝いしたり、お祝いされたりする連絡は数年の間しかないのだけど、その時間が大事だったのだと気づくのは後になってからの話。

てな感じで、今日は高級な食事について話をしていく。
俺は社会人の頃に、よく高い飯を食いに行っていた。
なんてことない日に高級寿司に行ってみたり、フレンチに行ってみたり。

社会人になって、金に余裕ができてくると、その金を得ただけの体験をするのに値するのだ!と自分のことを勘違いしてしまうのだ。
社会人なりたての頃にブランドを求めてしまうのもこの感覚に近いと思う。
俺はブランドを買うのに値するのだ!と自分を誇張して見つめてしまうのだ。

俺はここ最近はそんな気力もなくなってしまった。
高級な食事は確かに美味い。
ただ、20数年間味ということを別に求めてきていなかったことに少しずつ気づいてきてしまった。

そう、高級な飯を食っても美味い以外の感情がないのだ。
もちろん、接客とか内装が素敵とかあるんだけど、うまかったなー。っていう感じしか残らない。
というか、食べたものなんて基本忘れてしまう。

フレンチなんて名前が長すぎてよく分からねえし、量も少ないからぼんやりとした記憶にしか残らない。
そんな感じで、高級な食事を味わえるほど舌が肥えていないことに20代後半になってようやく気づいた。

それよりも、誰かと出かけた先で食べた松屋の味とか、二日酔いで食べた朝方のあの時のラーメン、サウナに入った後に食べたキムチチゲ、実家に帰った時に食べる肉じゃが、家で作ったサンドイッチとか、そのほうが美味しいという感情が残っている。

何を食べるかより、誰と食べるかが一番重要なのだと思った。
大嫌いなやつと食べる高級フレンチより、大好きな人と食べるおにぎりの方がうまいのはいうまでもない。

一人で食べる食事は質素で、健康に気をつかったものでいい。
誰かと食べた時のあの時の味を、ずっと思い出せるような感じて過ごしていたいなって思った。
味を通じて誰かが思い浮かべることができれば、それは素敵なことだなと思った。

以上、ではまた別記事で。




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