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【30代・人間関係】地元・学生時代の友人関係を全て切って思うこと。

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30代の人間関係について

2026年1月22日。
寒い。雪がちらほら降っている地域もあるようだけど都内は通常運転だった。
あと1ヶ月はこの寒さが続くと思うと辛いな。
てな感じで今日はタイトルの通り、地元や学校の人間関係について話をしていく。

中学校や高校の頃は友達ができるかな?って悩んでたのに、大人になった今はいかに一人の時間を快適に過ごせるかを考えてしまっている。
30代ということで価値観の移り変わりを実感しているので記事に残しておく。

目次

俺の結論としては、地元の人間関係と学生時代の人間関係は切ってOK。
俺の場合はそれによって快適さを得ている。

30歳になって感じるのはいかに自分が快適でいられるかということで、俺の現状の価値観からすると地元と学生時代の関係値に縛られない状態でよかったなと思う。
理由を以下紹介していく。

俺は一貫して一人の時間が好きなタイプで、人間関係も深く狭くをベースにしている。
学生時代から友達が多いタイプではなかったけど、仲良くできる人とはとことん仲良くするし、嫌いな人とは関わらないタイプだった。
その中でも俺は一人でいる時間に居心地の良さを覚えるタイプで、大勢で野球とかサッカーをして過ごすよりも一人でゲームや漫画を読んだり絵を描いたりするのが好きだった。

今でもこの性格は変わっていなくて、一人で過ごす時間はとても有意義なものだと思っている。
30代になって、地元や学生時代の関係性に縛られることなく過ごせているのはストレスフリーで快適。
中には、地元に毎月のように帰って当時高校生時代の友達とかと飲み歩いたりする人もいると思うけど俺は絶対にやらない。

俺にとって、地元や学生時代とは全てがいい思い出ではなく、辛い思い出も多かったりする。
俺は、地元・学生時代にとらわれる状態は、1つの呪いだとさえ思っている。

あなたの周りにもいないだろうか?毎月のように地元に帰っているけど、結局そいつらの不満や不平を陰でコソコソ言い合っているような仲の人が。
あなたの周りにもいないだろうか?卒業して何年も経っているのに、未だに学生時代で付き合いがあった人の悪口や噂話に明け暮れる人が。

ある意味これが呪いで、自分の価値観や環境をUpdateできないとどんどん人は退化していってしまう。
というより、自分の価値観や環境をUpdateできない大きな要因の1つとして地元・学生時代の人間関係があったりする。

俺は色々な事情があって地元と呼べる場所がない。
ただ、それが俺にとっては心地よかったりする。

高校1年生の時に転校・引っ越しを機に色々と環境が変わって今まであった全ての人間関係や地元のしがらみがリセットされた。
この経験から、全ての人間関係は環境によって継続されるもので、環境が変われば簡単に終わりが来るものなんだなと実感した。
そのため、俺は転校をしてその高校で仲良くしていた人はいたけど、高校は高校の時代で終わりと認識していたし、それでよかった。
決してこれは悪いことじゃなくて、ある意味普通の感覚だと思う。都度その時の関係を大事にしつつ、終わりを意識するのは普通のことだ。人間関係はリセットして良いということ、その中で気が合う人だけ付き合い続けるのが正なんだなと実感した。

高校以前の人間関係や地元というものをリセットして今はよかったような気がする。
俺にとって地元とは、全てがキラキラした思い出として残っているわけじゃなくて、結構嫌なことが多かった。

俺にとって地元や学生時代とは、全てがキラキラした思い出ではない。
俺は幼い頃から内向的で大人しい性格だったから、小、中、高、大、社とで割と誰かにターゲットにされる人生だった。

特に小学校の頃が本当に嫌な思い出しかなくて、殴られたりはしないものの、明らかに俺の陰口を聞こえるようにいったり、嫌なあだ名をつけられたりしていた。
主犯格と、その取り巻きの事は今でも覚えているし、それは中学校、高校とで規模や程度は違えど同様の感じだった。

2度とそんな奴らと顔も合わせたくない。
ただ、幸いにも俺には地元と呼べる場所がもう無いし、かつ人間関係もほぼリセットされているので一生涯会うことはない。

未だに地元に縛られていたら、もしかしたらまたそいつらと顔を合わせる機会があったかも知れないと思うとゾッとする。

また、学生時代に仲がよかった関係も然りだ。
確かに仲がよかったのは事実としてあるけど、友人関係は縛ったり縛られたりするものじゃないと思う。
その環境や時代で仲良くできていたのなら、それが尊いことだし、それ以降で関わらなくてもその時の思い出が風化することはない。
むしろ、大人になってズルズルと関わりあう関係だと関係が悪化したりするケースがある。
職場、住んでいる場所、価値観が大人になると変わっていく。
ただ、相手は学生時代のあなたというフィルターを通じて見てくるから、新しいレンズに適応できないんだ。
故にどんどんお互いの距離感や視力がバグって行って、最終的には関係が破綻したり、喧嘩別れしたりするケースは往々にある。

以前、学生時代の時の関係の飲み会に参加したけど本当に疲れた。
話す内容が学生の時のままだし、俺が嫌いな、人の悪口や噂話で終わる会だったからだ。
あーそういえば学生時代もこんな感じで飲み会嫌いだったなーって思い出した。

話が逸れまくったけど、地元と学生時代の関係に縛られない生き方でよかったと思う。

てな感じで終わる。
ここ最近Xを見てていじめ動画とか、色々嫌なニュースが飛び交っていて辛い気持ちになる。

ある意味、学生時代って残酷だよな。
殴る、蹴るといった行為が表面化しなかったりするし、表面化しても本人にお咎めがないことがほとんど。
精神的ないじめも、本人は耐えるしかない。

簡単に環境や人間関係を変えられない学生時代、俺も辛かったなと思う。
普段社会人として生きていると、電車は大人だらけだし、職場も大人、遊びに行く場所も大人が多い。
残酷な学生生活が目に見えない生活をしているし、いじめや暴力を行う人間やガラの悪い人間が出現しない環境だから、ああいった人間がいるんだなと思うと同時に、自分の学生時代もどうしようもないやついたなって思い出したりした。

その観点で、地元や学生時代の環境に縛られない今でよかったなと思ったので記事を書いた。

以上、ではまた別記事で。




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