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【幸福論】生産性・時短の奴隷になるな!家電の機械音だけが響く部屋

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Ami

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時短・生産性について思うところ

2025年3月19日。
体調が悪い。ここ最近の寒暖差と花粉の影響で体調を崩したらしい。
少し早めに寝て明日の祝日に備えるとする。

今日は、時短、生産性について思うことを話をしていく。
前にもこんな記事書いたっけ?まあいいや。

世の中はとにかく便利になった。
画面を開くとあらゆるショッピングができるし、秒で家に届く。
予約をすれば色々な体験もできてしまう。
月に数千円払うだけで、無限にコンテンツを見ることができる。
なんていい時代なのだろう。

てな感じで便利になって、生産性も間違いなく上がってはいるんだけど、なんか違和感がある。
とにかく便利な世の中、家にしたところで、自分が本当にしたいことってなんなん?って気持ちが湧いてくる。

そりゃあ色々な体験を秒ですることはできるんだけど、じゃあそれが現れる前には何が好きだったん?って思う。

目次

時短家電、生産性を上げるためのグッズとか色々展開されている。
各Youtuberなんかも取り上げがちな話題だろうと思う。
俺も自分の生活を便利にするためにあらゆるサービス、家電、グッズを買ったりしてきた。

ただ、なんというか、その過程の中で無くなっている時間もあるんだな、というか、この空白時間を逆に恐れているんじゃないか?って気持ちになってきた。
例えば、コーヒーマシン。
ボタン1つでコーヒーが出る。とても便利だ。
豆を砕いたり、蒸したりする時間がなくなるから便利に思える。

ただ、ここの空白時間も実際は楽しかったよな、って今になって思う。
お湯が沸くまでぼーっとしたり、パックの準備をしたり、コップをお湯で温めたり。
こういった空白の時間は、意外と自分のストレスを軽減していたのではないかなーって思う。
実際にコーヒーを淹れる行為自体はそこまで苦しいわけではなかったし。
成果物としてコーヒーが呑めることは確定しているわけだし。

てな感じで、便利になる一方で空白時間を恐れているんじゃないかって思う。
何もしない時間というか、生産的ではない時間=全て無駄、みたいな考え方に囚われてるっていうのかな。

それは間違いだなって思う。むしろ生産性のない時間にこそ内省や脳を休める価値があるのかなってここ最近は思う。

俺は、家事の中でも洗濯と食器洗いが大の苦手だ。
とにかく後回しにしてしまうクセがある。
洗濯機はドラム式乾燥機付きのものを導入してから、マジで外で干す機会がなくなった。
俺が生活の中で嫌いな行為については、家電や家具を導入して解消するのはアリだなって思った。

食洗機もきっと導入したら便利になるはずだ。
ただ、ここ最近気づいたのは、食器洗いは自分のためだとやりたくないんだけど、誰かのためになるならやってもいいのかなって思った。
彼女と過ごしている時とか、ふと自分が早起きして朝飯を作りあげたとき、じゃあついでも食器洗いもやっておくかーって思ったのがきっかけ。
いつもは俺が飯を作って、彼女が食器を洗ってくれるのだけど、ある日の朝はどちらも俺がやってみた。
食器洗いは面倒だけど、朝起きた時に彼女が喜んでくれる、負担を減らせるっていう気持ちで洗ってみた。

洗っている時は別にその時は苦ではなくて、案外何も考えずにできるものだなって思った。
自分のためにやるってなるとメリット・デメリットで考えてやりたくない行為も人のためならできてしまうと思った次第。

そう、何が言いたかったかというとここに落ち着く。
生産性が大事!とか時短家電は人生を華やかにする!とかいうけど、本来はそこを求めていたわけじゃない。
便利な世の中だけど、失われているものはあるんだと思う。

夜、ツタヤにDVDを借りに行って、字幕付きにするか吹き替えにするかで話し合ってた時間、その帰りにサワーを買って帰った時間。
洗濯を干し忘れて、限られた服でどのようにコーデを組むか考えてた時間とかね。

無駄の中にも、楽しさはあったんだよね。
ネットで本はいくらでも探せるけど、やっぱり本屋に直接いく方が刺激がある。

どんなに便利な世の中でも、自分がやりたいこと、求めているものっていうのは、便利さではなくて、今瞬間のその楽しさを求めているんだと思う。

今はもう、産性の奴隷だな。
空白の時間が悪だとさえする論調がある。

まさに今味わっているその不便さ、じれったさにこそ、楽しさとか、瞬間の感情が詰まっているのかもしれない。
学生の時に、親孝行として、皿洗いをすると気分が良かっただろう。

その時を楽しめるかどうかで、人生の幸福度は変わってくるなって思った話。
以上、ではまた別記事で。




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